長〜い【なが餅】の名前の由来にじつは長さは関係がない

2011-01-20

三重県四日市市のお土産で有名なのが「なが餅」である。その名のとおり、このなが餅は薄く引き延ばされたような形をしている。そのため、ほかの餅より“長い”ことから名前がついたと想像するだろうが、じつは名前の由来は別にある。この餅の歴史は古く、誕生したのは今から約四百五十年前のこと。笹井屋という和菓子屋の初代当主である彦兵衛が考案したもので、当時はほかの餅と同じように丸い形だったそうだ。それがどうしてなが餅という名前になったのかというと、創業当初、東海道の伊勢参宮道との追分に当たる、日永という里に店を構えており、その地名からとってなが餅と名付けられたのだという。つまり、漢字で書けば、「永餅」となるのである。餅が長くなったのはその後のこと。参勤交代などで東海道を行き交う人々が、笹井屋でなが餅を買ったのはいいが、長旅にともなって持ち歩いているうちに、餅がつぶれてしまう。それならば最初からつぶれたような形にしておけばよいという考えで、今の形が完成したという話である。また、中の飴まで早く火が通るように薄く引き延ばされたともいわれている。そうして長くなった当時のなが餅は今よりも長く、その長さは一五センチあったという文献が残っている。このなが餅を一躍有名にしたのは、伊勢・伊賀三六万石の大名であった藤堂高虎だ。まだ足軽の頃になが餅を食し、「武運のながき餅を喰うは幸先よし」と大いに気に入り、大名になった後もたびたび立ち寄って食べていたという。それ以降、なが餅を作る店は増えていったが、以来、笹井屋はなが餅とともに店の歴史を刻み、十五代になった現在でも商品の栞には、「藤堂高虎ゆかりの長もち」と記している。なが餅の作り方はとてもシンプルで、丹念についた餅に独自製法で炊いた小豆の飴をくるみ、平たく延ばして焼き上げる。そうして焼きあげた餅の風味と食感、ほど良い飴の甘さがじつにマッチしていて、ついもうひとつと手が伸びてしまう一品である。また、戦後の歴代首相の恒例行事である、一月四日の伊勢参りの際には、伊勢神宮へ向かう電車のなかで大臣らがこのなが餅を食べる習慣があった。昭和天皇が三重の温泉地に来訪した際も賞味されたそうで、そのときは万が一のことがないように通常の半分の長さのミニなが餅を献上したという。偶然に長くなった餅であるが、その姿が縁起が良いとされ、数々の歴史を持つ餅となったのである。

[関連]
初心者でもわかる引き出物手引き


根強い人気の引き出物


専門化が教える引き出物最新事情