韓国では1970年代の後半に医科大学が増え、10年間で医師数も約1.7倍になった。その中でも成形外科医の増加は著しい。75年の15人が、90年には310人。15年間に実に20倍になっている。さらに統計の外で非専門医も増えている。競争はだんだん激しくなる。一方で医療に関する広告は厳しく制限されている。たとえば、日刊紙には月に1回しか広告を出せないという規制がある。日本の女性週刊誌を埋める、あのグロテスクな変身写真群はこの国には存在しない。「で、雑誌でコラムなどを書いている有名な医師のもとへと患者が集まってくる。でも大切なのは、本当に患者の満足が得られるかどうか。カウンセリングがポイントです」と、高仁昌医師は言った。学生街の新村で、年間に1500件前後の手術を手がけている。男性患者が15〜20%を占めるのもこの診療所の特色だ。「男性患者はほとんど20代。就職の面接でいい印象を与えたいという動機ですよ。10年前はほとんどなかったんですがね」。韓国では男性が化粧をするなんてもってのほか、という意識がまだ強いのに、ずいぶん不思議な現象ですね?「日本やアメリカから、男も手術を受ける時代だという情報が入ってくるでしょう。外の情報に先導される形で増えていく。その度合いがだんだんひどくなっているんです」。そう言えば…押鴎亭洞の高級アパートのベランダにはパラボラアンテナが並んでいたっけ。大きな白いお皿に降ってくるのは日本の衛星放送だ。89年の旅行の自由化を指摘する人もいた。夏の海外旅行者数は、同時期前年比の7割アップという。地球上の文化や価値観は、急速に均質化している。親の世代のタブー感覚は?「たとえば、若い女性が手術を希望する場合、父親の10人中9人は賛成しません。ところが母親はその逆で、ほとんどが賛成するんですよ」母親が娘に手術させるという話をあちこちで聞いた。韓国の特色と言ってもいいのかもしれない。高医師は分析する。「韓国はまだまだ結婚に大きな価値を置く。親が娘の美容にものすごく熱心なのも、結婚問題が影響していると見ていいでしょう。母親は女としての自分の経験から、“娘=美人→有利な結婚”という思考がピンと働くわけですよ」。日本人のタレントを手術した経験もある、と言うのは、押鴎亭洞にクリニックを持つ南宮雪民医師だ。「私の名前は韓国のタレントに知れ渡っていますから、日韓のタレント同士で情報交換をするんでしょう。手術の秘密を守れるので、日本からわざわざお忍びでやってきますよ」ここはまるで高級美容サロンのようにゴージャス。フロアの中央、大きな鉢からこぼれんばかりの百合やライラックの花々。その真上には、繊細なブルーのガラスで出来たシャンデリア。壁と天井は、全て上品なピンクがかったベージュ色。カラーコーディネートされた木製の家具…。豪華な内装は南宮医師の「美容整形も今や洋服や髪や肌などの美容と同じく、トータル・ビューティーの中の1セクションなのです」という方針を反映しているらしい。「患者さんは3年間で約2倍になりました。韓国は特に競争の激しい社会でしょ、容姿だって例外じゃない。“美”が武器になる。そのせいか、最近は家族の反対が減りましたね。昔は周囲がずいぶん反対したんだけど、今は母親が高校生の娘を連れてくるんですから」。2人の娘を手術させた母親に会った。あっけらかんと言う。「上の子を二重にしたら、とってもかわいくなったの。下の子もやりたいというから、手術させたのよ。2人とも大学入試が終わった春休みを利用して。結婚がどうの、というより、かわいくなるからね。自分のしたいようにすればいいのよ」。親からもらった顔はいじっちゃいけないという感覚は…。「えっ、今どきそんな前近代的な話なんてあるの?」そんなの70歳を過ぎた人の言うことよ、と一笑に付されてしまった。タブーの打破と、価値観の多様化と、女の自立と、美への執着と。それらはいったいどんな風にからみ合い、つながっているのか。街には新旧の価値観が混在し、大きな渦を巻いている。私の頭は南大門市場のように混乱しはじめている。
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